元気ですvv
  〜遥かなる君の声 後日談・その6
           なんちゃってファンタジー
“鳥籠の少年”続編
 


季節の変わり目というものは、
得てして目まぐるしいほどの日替わりで、
寒暖の差が大きかったりもし。
おや、もうアキアカネが飛んでるねぇと言ったかと思や、
いつまでも暑くてなかなか秋めかないねぇなんて日が、
戻って来るのもザラなこと。
それが誰へでも待ち遠しい、
暖かな春の訪のいだったりした日にゃあ。
少しでも風が甘くなっちゃあワクワクし、
春を思わす花の蕾が膨らめば、
ほらほらご覧と誰ぞかに教えたくなりと、
早く早くという気概も殊更に急くもので。

 「そうは言うけれど、この冬は特に意地が悪いよね。」

一気に上着が邪魔になるほども暖かくなった翌日に、
今度はしんしんと降る雪で朝が明けたりするなんて、と。
色白な青年の側が、とんでもなく不満そうにぶうたれたのは。
そのせいでか、重たげな外套を顎の先まで来るほども着込んでいる、
連れの武装…もとえ、防寒態勢の厳重さへも、
一筆啓上、物申すをしたかったからなのかも知れない。
風よけを兼ねた襟の高い外套に、
お顔の半分を覆い隠し。
体の線が何処かどころか、体格自体が替わって見えるほどの厚着をし。
足元へは頑丈そうな革長靴をどごんと履いた、
身動きするだけでも大変そうな重装備の君。
つんつんと尖った毛先でかろうじて、
それが誰かが判ったら、そりゃあきっとずんと親しい間柄なお人だからで。

 「……………蛭魔か?」
 「大当たり。」

そちらさんも一応は冬向けの服装でおいでだったが、
何しろ大陸南端という暖かい地域に住まわっているせいか。
厚手の内着に手編みのセーターと袖のない上着で、
十分間に合っているらしくって。
革の上着なんてのは、
山へ入っての夜明かし仕事でも構えるときくらいの装備なんだとか。

 「久し振りだね。」
 「ああ。」
 「元気…みたいだね。セナ様もお元気なの?」
 「…ああ。」
 「…? なになに、今の微妙な間は?」
 「〜〜〜。」

あああ、しまった。
この亜麻色の髪をした白魔導師は、
人の感情や何やを態度から拾うことには長けていたのだったと。
ホントの齢(よわい)は一体幾つなんだかという桜庭くんが相手でなくとも、
そう思ったらしいとありあり判る渋面を作った彼こそは。

 「王城キングダムが誇る最強の白騎士も、
  ちびセナに関することへは他愛がないものよの。」

鎧でもまとっているかのような重装備の、
まずは襟元が苦しくなったか。
詰め襟の合わせ目を ぐわしと上から掴んでという乱暴さで、
外套の前合わせをバリンバリバリと はだけ開けたのが、

 「妖一、言ってくれたら手伝ったのに。」
 「うっせぇな。お前に任すとやたら時間を掛けやがんだろうがよ。」

微妙に頬が赤いのは、恐らくは

 “厚着だったので茹だったのだろう。”

と、思ってしまったこちらさん、
遠来の方々から“最強の白騎士”と呼ばれた二つ名をも、
皆々様から冠されていたところの剣豪、
進清十郎さんというお人であり。
凛々しい面差しに精悍な威容、
重厚緻密に叩き上げられた体躯は雄々しく。
何とも頼りがいのありそうな青年ではあるのだが、
清廉潔白で、誠実…なのはいいとして、
あまりに生真面目で寡黙なものだから、
少々取っつきにくいのが玉に瑕。

  とはいえ

そんな彼だが、命に替えてもとお護りしている高貴な存在にだけは、
苦手だろうに心砕いて、その意を汲むことへと集中もしているらしく。
だからこそ、先程も微妙な反応を示してしまったのだろうと思われて。

 “判りやすくなったのは、まま良い傾向ではあるよねぇvv”

なんてまあ微笑ましい二人だろうねぇと、
苦笑が絶えない来客二人だったりしたのであった。



      ◇◇◇


それはほんの数年前のこと。
領地や金銀が欲しいなんてな物欲止まりじゃあない、
何人かの生贄を差し出せば良いなんてなレベルでもない。
この世を混沌に戻したうえで、暗黒の虚無に呑み込ませんという、
途轍もないことを望んでいた魔物に、
見入られてしまった事態が襲ったが。
そんな状況を救った、一握りの人々があり。
とんでもなかった悪夢を鎮めた皆様も、
今は何もなかったかのように、
それぞれがそれぞれの日常へと立ち戻り、
平凡がいかに幸せか噛み締めながら過ごしておいで。
殊に、その騒動を鎮めるための核でおわした公主様、
陽白の光をつかさどる和子様こと、セナという少年は。
深い深い“負の暗黒”を相殺出来たほどもの、
そうまでの実力を持つとは到底思えぬほどに、
日頃はそりゃあ覚束無い、愛らしさあふれる少年で。

 「まあ、頼りないこた頼りないんだろけれど。」

そんな彼らの家へまでの途上、
暑い暑いと文句たれたれ、着物を剥ぎつつ歩む誰かさんの後から、
それらの衣類を1つ1つ拾い上げてる桜庭が、

 「それだけ繊細な感覚を持ち合わせている存在なんだから、
  仕方がないことでもあるんだし。
  …って、妖一、それ以上脱いだら風邪引くよ?」

あとはボトムのトラウザーと、
上は内着1枚になりかからんという豪快な脱ぎっぷりへ、
両手へ抱えた衣類の山を、咒の詠唱1つで宙へと掻き消したのと入れ替わり、
薄手の上着を出して差し上げる過保護っぷりへ、

 「……。」

お前たちもまた相変わらずだなと、
これもまた訊かずとも判る視線を寄越した進ではあったが。
そんな彼が立ち止まったは、
いかにもお手製の素朴な白い柵に囲まれた、小さな小さな家だ。
小さな花壇にはハーブの株が幾つかあって。
その狭間にかすかに刻まれた小道が、玄関ポーチへまで連なっていて。
今の時期だとまだまだ冬枯れの、侘しいばかりな風景のはずが、
さすがは南端、しかも陽白の公主様の住まいだからか、
もうという早めの緑がかすかにお顔をのぞかせている、
そんなお庭に、だが、

 「……。」

どういうワケだか、その足を踏み入れようとしない進であり。

 「? どした?」
 「いや…。」

何やら尻込みを見せている態度からして、
この怖い物知らずの剣豪殿へは似合わぬ代物。
一体何へと怯んでいるのやら、
てんで予測の立たない来客二人へ、

 「……実は、セナ様が。」

  うんうん、そうだろね。
  お前が物怖じするとしたら、あの坊主がらみだろうよな。

 「先日来から、少々落ち着きをなくされていて。」

  おや、それはまた。
  元から落ち着きのない奴だったろが。

 「カメを送り出してからのことなのでな…。」

  あ…。
  あ?

ここで、客人二人の反応が微妙にずれたのは、
彼らの持ってた情報に差があったからであり、そして…、

 「一体どういう思い当たりがあるんだ、こら。」
 「言いますから、思い切り胸倉掴むのはやめて下さい。」

そりゃあ鮮やかなほど素早く振り返った蛭魔が、
背後にいた桜庭の襟元、
がっしと掴んで吊り上げたのは言うまでもなかったのであった。



  あのさ、葉柱くんがアケメネイへ里帰りすることになったらしくて。
  いやいや、
  そのままこっちへ戻って来ないっていうよな、
  本格的な里帰りじゃあなくて。
  あの隠れ里も、もはや役目は果たしたのだからってことで、
  次の代の首長になるだろうお兄さんを代表とする何家族かが、
  麓の里に程近いところへ新しい里を構えることになったんだって。


高峻な雪山の頂近くにあった隠れ里。
そこで、陽白の一族にまつわる古くからの伝説を守って来た、
封印の一族の一人だった葉柱という青年が、
問題の騒動でもそれは尽力下さって。
そして、それへの方がついたにもかかわらず、
深い知識や咒術を頼られてのこと、
王家の神官らへの教師として、
まだまだ色々とご教授を続けてはくれまいかと懇願され。
あの後もずっと、城への居残りをと頼られ続けているのだが。
そんな事情が持ち上がったのでと、一旦故郷へ帰ることとなった。

 「…何でまた、お前がそんな事情に詳しいんだ。」
 「何言ってるかな。
  葉柱くんが、
  お城の様子や何やを毎月知らせてくるのは妖一も知ってるだろに。」

面倒がって聞いてないだけのことだろにと、
さすがにそれへの非難は聞けませんと目許が座った桜庭で。
そんな彼らの問答へ、珍しくも割り込んだ進が、

 「…それへの帰還に要るからと、カメを連れて行ってしまわれてな。」
 「ああ…。」
 「それで、か。」

告げた一言で、合点もいった。
そもそもは あの封印の導師様が、
隠れ里から下界へと降りて来たのへ使った聖鳥、
魔の気配や穢れを嫌う“スノウハミング”という存在がいたのだが。
どういう相性なのか、そこがまた陽白の公主たる由縁というものか。
セナ様セナ様vvと、
そりゃあもうもう、元の主人を放っぽり出すほどの懐きよう。
騒動が落着したのちも、
小さな御主から離れようとしないため、
葉柱自身が下界にいる間だけという制約つきで、
セナの手元へ預かっていたのだが、

 「そうだった。旅の扉も効かないところだもんね。」

さすがに、兄上たちのお引っ越し自体に要りようだという
召喚ではなかろう。
ただ、そんな大きな運びに次男として顔を出すため、
葉柱がアケメネイへ出向くとなれば、
そのための鍵でもあるスノウハミングさんの助けが要る。
これでやっとこ、話が通じた御一同であり、

 「……それで。
  ああもウロウロと、部屋の中を歩き回っとるのか、あやつは。」

柵の外という位置からでも見えなくはない家の中。
居間だろう窓の向こうに、人影がちらちらと動き回っており。
今は二人しかいない住人のうち、
進が此処にいる以上、セナ一人しかいないはずだというに…と。
いかに忙しない態でいるものかと、呆れかかった客人らであり。

 「一丁前に、
  親心というものが芽生えて来たんだろうか。」
 「うむ。」
 「それにしたって、
  アケメネイまでのひとっ飛びなんて、
  カメには朝飯前な仕儀だろうによ。」
 「優しいお方だから。」
 「過保護は本人のためにはならん。」

何とも珍しい顔合わせで会話を交わす二人の息の合いようへこそ、
苦笑が止まらぬ桜庭だったりしたのだが、

 “でも、果たしてそれだけかなぁ。”

相変わらずな奴よと、
困ったことだと眉を顰めておいでのお師匠様の傍ら。
彼は彼で…微妙に別なことを思っているようでもあって。
こそりと後で、当事者様へ確かめてみたれば、

 『えと…実は。////////』
 『あ、やっぱりそうなんだvv』


  ―― カメちゃんが居ないってことは、
     その数日の間、
     進とセナくんと、二人っきりだったのでしょう?


実は、それこそが
セナ様を落ち着けなくしていた真の背景なのだということは、
はてさて、いつまで黙ってようか。
可愛らしい人たちのドタバタに、
これでも一番の年長さん、しかも恋愛ごとへの巧者でもある元・魔神様、
苦笑が絶えなかった春だったそうでございますvv





  〜Fine〜 10.03.09.


  *久し振りな方々の春を覗いてみました。
   やっぱり相変わらずに、
   ほとんど進展はないまんまみたいです。
   まま、お子様にあたろう、カメちゃんという存在もいることだし。
   彼らは彼らで、このままが幸せ満開なのかも、ですけれど。
(苦笑)

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